遠藤 圭悟|LIFE DESIGN SCHOOL - ライフデザインスクール

icon参加者インタビュー

「全てのことに意味がある。」繋がりを取り戻しあるがままで共生する世界へ。

この記事は、ライフデザインスクール卒業生にインタビューを行いLDSの価値と「あなたの好きはなんですか?」について迫っていくインタビュー記事です。

こんにちは!はぐくむ広報インターンのみげるです!

今回はLDS16期生の遠藤圭悟(あだ名:けいご)という人間についてインタビューをしてきました。

そんな彼になぜライフデザインスクールに入ったのか?そして卒業してから今夢中になっていること!好きなことは何なのか?根掘り葉掘り聞いちゃいました。

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みげる:こんにちは!自己紹介を願いします!

けいご:遠藤圭悟21歳、千葉県のいすみ市にある古民家のシェアハウスに住んでいます!今の所フリーターです。最近移住してきたばかりで、7月からはアートの領域や人の命のプロセスをはぐくむお手伝いをしていく決意を固めています!表現できないような人間の気持ち悪い部分とかその人らしさというか魂がにじみ出ている瞬間をみたり自分もなっている時が好き。

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あとは料理とか食べ物にも関心がある。食べ物は動物や植物から命を頂いていて、目の前に食べ物があるのは凄いことだなって。食とか生命の慈悲の心も大切にしている。

絵のワークショップに参加して、最近絵を書き始めた。絵一枚から出てくる自分が本当に表現したいもの、爆発させたいもの、それらを表現していく瞬間にワクワクしている。

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出現するエロ魔人

大学に行く意味がわからず、孤独を感じていた。

みげる:LDSに参加するまでは、どんな感じだったんですか?

けいご:高校三年生の時に大学に行く意味がわからなくて孤独を感じていた。なんか違うよなって感覚を抱きながらも大学に入ったけどやっぱりモヤモヤしていた。そこから行動を始めて、誰かの幸せとか誰かの喜びが自分の幸せにつながると思った。その幸せをどのような形で何を誰に提供していきたいのか?を具体的にするためにLDSに入ったんだよね。まあ、前置きはあるけど説明会でのファシリテーターの言葉選びとかエネルギーを受けて湧いてきた「ここだ!」という直感の元、即決しました。(笑)

みげる:ちゃんとオチを作ってくるあたり圭悟らしさを感じますね。(笑)大学に行く意味がわからない所をもう少し詳しくお聞きしてもいいですか?

けいご:今までの俺は何でも頑張れる人で高校受験、それまでの勉強、部活も最後まで頑張れていた。。。けど、大学受験の時に頑張れなくなってしまった。身体が動かなくなってどうしたおれ?って思ったんだよね。その時に大学にいく目的が無いことに気がついた。今までは目的がなくても頑張れていた。

人生の目的とか考えてみたけど全然わからなくて、目的なく大学行くのが嫌で友達とか先生に相談してみたけど大体の人が「何言ってるの?」って。周りの人には勉強ができないから言っているだけって思われていて、誰も耳を傾けてくれない孤独を感じていた。

価値観や世界観の違いからくる孤独を感じると共に、大学の目的とかを考える自分を信じ切れなかった。自分だけが変なのかな?って思ってて、自分を信じて大学に行かないという孤独を選べない自分に不甲斐なさを感じたりもした。

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みげる:確かに自分がなんのために大学に行くのか?って大事な問いですよね。大学受験の時とそれ以前の自分の違いってなんだったんですかね?

けいご:うーん、、、今振り返ると自分のためを考えた瞬間だったかな。自分のための人生とか大学進学を考えた。今までは無意識だったんだけど、誰かに褒められたい自分とか評価がほしい自分がいた。学校や社会とか誰かの評価の中で自分を表現しようとしてた。

嫌われたくない意識が無自覚にあって、嫌われたくないエネルギーで頑張れていた。でも、大学受験の時には限界が来てしまった。ここから先はできないよって自分から伝えられていた感覚。だけど、その時はどのエネルギーで自分を動かしたらいいのかわからなかった。

みげる:うんうん。その後はどうなったんですか?

けいご:孤独を感じていたけど父親が受け止めてくたんですよね。大学に行く目的がわからなくて孤独を感じている話を「どうした?」って聴いてくれて、その後に「意味がわからなくても行ってみるのがいい。」ってアドバイスをくれた。それもありだよなって思って大学では社会に出る目的をもって卒業しようと意味付けをして進学した。

でも最初の頃は普通の大学生だった。飲みとかサークルとかバイトとかで過ごしていくんだけど違和感を感じていた。虚無感というか焦燥感というか何かが無い感覚が大きくなって、バイトの環境を変えてみたり自己分析が大事って聞いたから日記を書き始めたりしてた。とにかく社会に出る目的を見つけるエネルギーで動いていた。二年生の時はサマーインターンに行ったり社会人とOB訪問をしていた。

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けいご:結局付きたい仕事を見つけても仕事をする目的がないと意味がない。「仕事を通して自分はどんなことをしたいのか?」「自分にとっての幸せは何か?」が大事でなんとなく選ぶのは意味がないなって。大学と仕事を選ぶのは同じだなって思ったんですよね。

そこから、二年生の5月にリタリコワンダーって所でアルバイトを始めて、子どもの好きとかやりたいを一緒に創造するスタッフだったんですけど。ある時、子どもの笑顔とか人に貢献する感覚は自分を豊かにする。俺にとっての幸せは誰かの喜びで幸せなんだって思ったんだよね。

みげる:そうだったんですね!冒頭に出てきた「誰かの幸せとか誰かの喜びが自分の幸せにつながると思ってた。」はここで見つかったんですね!

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当時書いていた日記です。

「お前は偽善者だ。」全ては嫌われたくないエネルギーだった。

みげる:LDS期間中のターニングポイントは何ですか?

けいご:ターニングポイントは1回目合宿の過去編。自分の過去を肯定的に捉えている自分に気がついた。部活とかそれまでの自分の孤独、家族関係とか痛み、心の闇は無いって思っていたから、ファシリテーターからの自分の心の闇に対する質問が全然響かなかったんだよね。

俺の人生は良い人生って言い続けていたけど、同期の皆は自分の感情が出たり、別人になってて取り残される感覚があった。そう感じたらどんどん発言ができなくなる自分がいて、場に居づらい感覚。そして、ナイトハイクというワークで暗い道を1人で歩いていた時。あれは今でも鮮明に覚えているんだけど、足の爪先から頭の天辺まで全身で「嫌われたくない」って声が響いてきた。身体と共鳴している感じ。

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体感覚として嫌われたくないって感じてしまったから否定できないし真実だなって。嫌われたくないって思っている自分がいる。それが真実だとしたら誰かの幸せが自分の幸せとか、人を笑顔にしたいとかそういう自分の想いは全部根本は嫌われたくないからだって思ったんだよね。

「俺は偽善者だ。」って

アイデンティティーとかを全て否定的に考えたら喋れなくて鼻水で息できないくらい泣いてた。誰かを幸せにしたいって思っている自分が好きだったけど、それがただの人に嫌われたくないって理由に幻滅した。

そこから大変だった。嫌われなくないってエネルギーで動いている自分に気がついて、全部嫌われたくないで行動してる?発言している?本当の自分って誰?どこにいるんだろうってパニックになって場や日常で発言できなくなっていた。

ビクビクしてしまう。そしたら、ファシリテータのたけさんがクラス終わりに「けいごの卵の殻が剥け始めている。怖いかもしれなけど、何があるか見つめ直してみると良いと思う。」って伝えてくれた。そこから、違和感とかビクビクしている自分を見つめ続けるようにした。

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1回目合宿の写真

けいご:そしたら、過去編の時に見えてなかった小さいころの虐めの痛みをフラッシュバックした時期があった。そこからどんどん日常生活の中で嫌われなくないと感じている自分を捉え始めた。

①嫌われたくないと感じている自分にただ気づくところから始まる。

②「また嫌われたくないって思っている。。。」って否定的に判断するフェーズ。

③「ああ、嫌われたくないって思っているだね。よしよし。それでいいぞ。」と受容できるようになるフェーズ。

④「じゃあ自分は本当はどうありたい?何をしたい?」って問うフェーズ。

そんな風に自覚と表現を積み重ねていった。在りたい自分をその場でアクションしてみたり、微細に感じるものを表現していくことがだんだんとできるようになっていった。客観視する自分とか内面を見つめる自分。メタ認知ができるようになった自分がいた。

そこから自分自身が生きやすくなっていって、肩の力抜けた。ガチガチな鎧で存在していたのが裸になって堂々と居られるようになった。自分がそうであったように、より多くの人が鎧じゃなくて裸の心の声に従って生きていけたらみんな幸せになるじゃないかなって思って「お悩みききます※僕も悩んでいます。」を路上でチャレンジしました。

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路上で行ったお悩みききますチャレンジ

嫌われたくない自分も願う自分も全部自分である。

けいご:もう一つ大きかったのは二回目合宿のワークをやった時に、一匹狼みたいな同期の仲間がいて、そいつは仲間はいらないみたいなことを言っていたんだけど、俺には「仲間が欲しい。助けて」って奥底では思っているように感じて。そんな助けてほしいのに素直に助けてって言えない姿を見て「助けてほしいなら助けてって言えよ」って泣きながら叫び続けたんですよね。

その時の自分は誰かの幸せとか在りたい自分を願っていたなって。あの時は誰かに対する願いが出てきた。LDS入って、自分の中の想いが嫌われたくないって想いだけで失望してたけど、同時に願う自分もいる。

嫌われたくない気持ち。その人を想い、願う気持ち。それぞれ内容は違えど、自分の中に真実としてあることを出せたのが二回の合宿を通して凄い大きい経験だった。一回目の合宿はありのままの自分を受容するもので、二回目の合宿は自分のしたい表現を貫く。自分で自分の全てにしっかりと許可をした感覚があった。

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みげる:懐かしいですね!全力でぶつかっていく姿に心動かされたのを覚えてる(笑)。LDSの価値ってなんだと思いますか?

けいご:自分の人生とか自分自身をしっかりと直視できる場所。直視したから自分の観たくない部分も見えてくるし、自分が本当に願っている思いも出てくる。今までの自分のパターンとか無自覚に自分を苦しめていたものを根本から捉えなおせる。主観的な部分だと絶望も希望も全部感じる。でもそれが真実だし、真実からしか自分の人生は始まらない。そこに良い悪いもなくて全部に意味がある。

一言で表すと「生き方を磨いている。」

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「全てのことに意味がある。」繋がりを取り戻しあるがままで共生する世界へ。

けいご:実現したい未来は「繋がりを取り戻しあるがままで共生する世界」です。LDSが終わってからも問い直して、現段階で練り直し続けてベストだと思っているもの。大いなるものとの繋がりを感じながら、自分と他者とも繋がりをしっかり感じてその人の全体性を取り戻すこと。その人があるがままで生きていく。

人って色んな顔とか役割とかあるんだけど、全部を抱きしめて許可を出して。いろんな自分に許可を出して自分自身と共にいる感覚が育めた時に自分の中のどんなものでも受け入れられるから外の世界のどんなものも受け入れられる。そうするときっと自分にも周りの人にも、そして人だけじゃなくて全ての生命、自然とか環境にも優しくなれると思うんだよね。

自分がまずそう在っていきたいし、そこを促し続けていきたい。自分の中の全体性を取り戻すことは言い換えると、命の進みたい方向のプロセスをはぐくむ、その人がその人らしくなる。その人の命がしっかりと土に根付いていく感覚を支援していきたい。

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けいご:インプロやアート、表現が好き。なんだかんだ言って、小学生のころから表現をしている自分が好きなんだよね。だから自分が表現活動をすることも大切にしたい。

あとは人の命のプロセスを育んでいくこととしてのアート領域やプロセスワークという心理療法にも興味がある。言語を超えた身体感覚・自然にひかれていて、人間本来の力を取り戻し自分の全体を自覚していくことなど。

それらのことってすごくアートやプロセスワークと相性が良いんじゃないかと思っている。あとは暮らす中で自分自身が自然の一部だという大前提のもとに、自然の流れに従った暮らしを営むことや、全ての事一つ一つに信頼とリスペクトを持ちながら感謝して生きることも大切にしたい。

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みげる:ありがとうございます!最後に読んでくれている人にメッセージお願いします。

けいご:この記事みている人はこの記事に出会うべくして出会ったと思ってて。何かに出会うことや注意を惹かれるのは奇跡に近い事だと感じていて。きっとこの出会いは僕にとっても読んでくれたみんなに対しても力を与えてくれるメッセージを含んでいる。必ず意味があるもの。だからこの記事を読んで感じたこととか、湧き上がってきた感覚を大事にしてほしい。どんなに些細なことでもしっかり握ってほしい。僕もちゃんと握ります。握り合いましょう♡読んでくれてありがとう。きっと何かのご縁なのでどこかで会えたら嬉しいです!!

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